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東京地方裁判所 平成5年(特わ)1336号 判決

裁判所書記官

小野里準一

本籍

東京都世田谷区下馬五丁目三四番

住居

同都同区桜丘四丁目一六番二一号

会社役員

宮田宗信

昭和一九年七月三〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官富松茂大出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金二五〇〇万円に処する。この罰金を完納することができないときは、金二五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都世田谷区桜丘四丁目一六番二一号に居住しているものであるが、自己の所得税を免れようと考え、ルノアール作の絵画の売買取引に関して受け取った仲介手数料収入を除外する方法により、所得を秘匿して、平成元年分の実際の総所得金額が二億五〇七五万八三三二円であった(別紙1所得金額総括表及び修正損益計算書参照)のに、平成二年三月九日、同区若林四丁目二二番一四号にある所轄の世田谷税務署において、税務署長に対し、総所得金額が一五七五万八三三二円でこれに対する所得税額が一〇七万七二〇〇円であるという内容の虚偽の所得税確定申告書を提出した。そして、そのまま法定の納期限を経過させた結果、同年分の正規の所得税額一億一七九八万八九〇〇円と右の申告税額との差額一億一六九一万一七〇〇円(別紙2ほ脱税額計算書参照)を免れた。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する平成五年六月一一日付け(二通)、同月一四日付け、同月一五日付け(二通)、同月一六日付け(二通)各供述調書

一  立花玲子、石原優(三通)、金子曉(三通)、森一也(二通)、小野和彦(三通)及び石村厚実の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の仲介手数料収入調査書

一  検察事務官作成の報告書(二通)

一  所得税確定申告書一袋(平成五年押第一三三八号の1)

(争点に対する判断)

一  弁護人は、(1)被告人の行為は、所得税法二三八条一項に規定する「偽りその他不正の行為」に該当せず、(2)被告人は、立花玲子の脅迫に畏怖し、本件仲介手数料収入を平成二年三月の確定申告で申告できない状況となったため、右の収入を次年度以降に繰り越して申告納税する意思であったから、被告人にはほ脱の故意ないしは違法性の意識がなく、しかも違法性の意識を欠くについて相当の理由があったので、被告人は無罪であると主張する。

二  (1)の点について、真実の所得を秘匿し、所得金額をことさらに過少に記載した所得税確定申告書を税務署長に提出する行為は、それ自体所得税法二三八条一項にいう「偽りその他不正の行為」に当たると解すべきである。(最判昭和四八年三月二〇日刑集二七巻二号一三八頁参照)。本件において、被告人は、判示のとおり、平成元年度に二億円を超える所得があったにもかかわらず、所得が約一五七六万円しかない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出したのであるから、これが「偽りその他不正の行為」に当たることは明らかであり、弁護人の右主張には理由がない。

三  次に、(2)の点について、被告人は、公判廷において、平成二年一月ころ、立花玲子に対し、本件仲介手数料収入を申告すると伝えたところ、同女から「どうしても申告するというなら、ただじゃすまない。こっちには前科者がゴロゴロしている」などと言われ、同女の要求に応じなければ暴力団等により危害を加えられると思い、同年三月に提出した所得税確定申告書に右の仲介手数料収入を記載しなかったと供述する。この供述は、排斥しがたいものであるが、これによっても、被告人は、単に立花から言葉で脅されたに過ぎず、現実に危害を加えられたと畏怖して自由な意思を抑圧された訳ではないし、次年度以降であれば右の収入を計上することは可能であろうと思いつつ、当該年度は立花の言うとおりに従ったというに過ぎない。したがって、被告人としては、平成二年三月の確定申告の際に本件仲介手数料収入を計上することは、充分可能であったと認められる。なお、租税ほ脱犯は、法定の納期限を経過することによって既遂に達するのであるから、虚偽過少申告に当たることを認識しつつ法定の納期限を経過すれば、その時点でほ脱犯は成立するのであって、当該年度の法定の納期限に正しい申告をしようという意思がない以上、たとえ次年度以降に右の過少申告分を繰り越して申告する意思があったとしても、ほ脱の犯意に欠けることはないというべきである。

結局、被告人にほ脱の犯意ないし違法性の意識がなかったという弁護人の主張は、明らかに理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は所得税法二三八条一項(ただし、罰金刑の寡額について、刑法六条、一〇条、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当するが、所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、情状により所得税法二三八条二項を適用し、その所定の刑期及び加重した金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金二五〇〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは金二五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、ルノアールの絵画の売買取引をめぐって二億三五〇〇万円というまれにみる多額の仲介手数料収入を受け取った被告人が、右の収入を一切申告せず、所得税約一億一六〇〇万円をほ脱したという事案である。本件のほ脱額は、単年度としては相当に高額であり、ほ脱率も九九・八パーセントと極めて高率であって、被告人の刑事責任は軽視することができない。

しかし、本件の背景には、一連の脱税工作を画策した中心人物と目される立花の強い働きかけがあり、それが被告人の犯行の大きな要因となっており、被告人が真実の申告をするについて心理的障害となっていたことは否めない。加えて被告人は、本件でほ脱した本税を全額既に納付し、延滞税及び重加算税についても完納すべく努力しており、当公判廷でも反省の態度を示している。また、被告人にはこれまで前科、前歴がなく、まじめに仕事をしてきたものである。

これらの事情を総合して考慮すると、被告人に対しては、懲役刑の執行を猶予するとともに、主文の罰金刑を併科するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山芳史)

別紙1 所得金額総括表

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2 ほ脱税額計算書

〈省略〉

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